上昇気流

細々とひとりごとを呟き続けています。

今は不本意でも

今は不本意だと思っていても、後々それがチャンスとなることもある。

そう思うようにしたいものだ。WBCに例えてみる。韓国に1回負けてもチャンスがある。2回負けてもチャンスが来た。そしてその2回の分たまりたまったものを3回目でぶつけて、結果的に勝てたのであれば決勝へと進むことが出来る。結果的にはそれまでは負けていたのかもしれないけれど、しかし3回目に勝てばそれでよいのだ。もちろん運も関係してくるが(アメリカがメキシコに負けるとか)、それらも含めて何が起こるかわからないということ。今回結果的に次の韓国戦に日本が勝ったとすれば、それまでの2回の負けもプラスの価値を持つものとなる。逆に、これまでの2回に勝っていたとして、気のゆるみが生じて3回目に負けたとしたら、それは決勝進出の切符を逃すという結果につながる。次の韓国戦に日本が負けたとしたら、それまでの2回の負けに加えてさらに負けを積み重ねることになるから相当のマイナスになることだろう。しかし、それが来年のWBCにつながるかもしれないのである。次を、次を見据えていくこと。今はマイナスの状況かもしれないが、それが転じて将来何がプラスになるかはわからない。もちろんその逆もありえるわけだけれど。

そう捉えることにすれば、色々な物事ももっと柔軟に捉えられる気がするのだけれどどうだろうか。もちろん、それを達成するためにはそれ相応の感情と反省が必要になるだろうけれども。ただし、後悔は必要ない。後悔は前に進めない。後悔を反省にし、前進への足がかりにすることが必要なのではないだろうか。要するに、不本意をチャンスにするためにはそれ相応の気の持ち方が重要になるのではないかということ。そういうあり方が出来ればチャンスは広がる気がしている。

不本意な現状に対する逃げにすぎないという囁きも心のどこかから聞こえてくるのだけれど。